2020年9月のアルメニア・アゼルバイジャン間の紛争について書いたカクヨムの間違いについて
2020/9/27に発生したアルメニア・アゼルバイジャン間の戦争についての現状況及び考察(扶桑のイーグル) - カクヨム
というカクヨムの記事がはてブで目に付き興味があったので読んでみたところ、最初の1,2章だけで自分の知識レベルでもおかしいと思う箇所が多々目についた。
この記事の内容が無批判で広まることは誤解が広がることでもあると思ったのでブコメに間違いをいくつか指摘したところ、id:FoEJ505からブコメで反論があった。(ブクマページ)
そこで私の日本語がダメで誤解を生んだことに気付いたが、返信するには文字数が足りないし、誤解なく間違いを指摘するには丁寧に文章を書かないといけないので、ブログに場を移した。
以下に件のカクヨム記事において修正すべき点を書く(一つだけただの意見を付した)。
ただし最初の章の「政情の簡単な解説・軍事力について・前略など」に限る。時間もないし修正点の指摘は大変なためだ。
※カクヨム記事の文章の癖として文の主語が欠落していることが多々あり、部分引用すると意味が通じなくなるので、必要があれば丸括弧で補った。
(1)「アゼルバイジャンは、旧ロシア領で」
旧ソ連領
(2)「(アゼルバイジャンは)(ロシアと)仲は悪いです」
一概に仲が悪いとはいえない。
確かにアルメニア・アゼルバイジャン紛争においてはロシアはアルメニア側を支援するので、このような限られた場面ではロシアとアゼルバイジャンは対立しているように見える。しかし、ロシアはアルメニアだけでなくアゼルバイジャンにも武器を輸出しているし、カクヨム記事に記されている通り経済的な関係も太い。少数民族独立問題では協調的な態度を取る。
ロシアは、紛争している両国に武器を輸出しているため紛争が継続すると利益を得る立場である一方、自国の覇権を行き届かせるために停戦を調停したいという単純ではない立場。
「ロシアとアゼルは仲が悪い」と一文で記述できるほど簡単な関係ではない。
(3)「(アゼルバイジャンは)トルコやイランとの方が仲が良く」
アゼルバイジャンはトルコとはほとんどの場面で協調し合っているので「仲が良い」との表現は妥当だが、イランとは仲が良いとはいえない。
特にアルメニア・アゼルバイジャン紛争ではイランはアルメニア側を支援してきた。イランは自国領土内に多数のアゼルバイジャン人を抱えており、隣国アゼルバイジャンとの連帯・独立を恐れて、アルメニア側を支援しているというのが主な理由だとされている。
なぜカクヨム筆者がアゼルバイジャンとイランが「仲が良い」と思ったのか疑問である。
なお2020年の紛争では、イランの腰は重いようでどっちつかずの態度を取っている。これは、長年にわたる経済制裁によって国力が疲弊していること、自国領アゼルバイジャン人を中心とする自国民の反発によって表立ったアルメニア支援をする態度を取りづらいことなどによるといわれている。
(4)「(アゼルバイジャンは)特にトルコからは兵器の輸出を受けています」
兵器を輸入していることが「仲の良い」証左になるなら、アゼルバイジャンとロシアは仲良しということになり、文章の論理が破綻している。
(5)「ロシアは(ry)コーカサスで戦線を抱えるのは軍事的、政治的、経済的にも苦しいため、深く介入するのは避けたい傾向にある」
(2)の指摘で書いた通り、ロシアは紛争を長く継続させつつ、かつ地域の覇権を高めたいという立場。
経済的な苦しさはあるとは思うが、それを真っ先に上げる記事や書籍は見たことがない。ましてや「政治的な苦しさ」って何のことかわからないがロシアが軍事行動をためらう理由にはならないと思われる。
誰が言ってるの? 聞いたことがない。
ナゴルノ・カラバフについては「アルメニア人が多数派の地域だからアルメニアに編入されるべき」というのがアルメニアの主張。
文化発祥の大事な土地だから紛争してでも取り返すという主張は、自分の知る限りは、していない。例えばコソボは、セルビア人にとって文化・宗教的に大事な地だからこそ、多数派のアルバニア人による独立を防ぐために紛争になった。こういう例に比べて「アルメニア文化発祥の地」を強調した理由はなにか? どんな文献を見たのか?
(7)「20世紀初頭トルコが (ry)、アゼルバイジャン人が復讐でアルメニア人を虐殺。という流れです」
ここの説明の内容自体は間違いではないが、アルメニア人とアゼルバイジャン人の対立の説明(の一部)にはなっていても、ナゴルノ・カラバフの土地を巡る争いの説明にはなってない。
アルメニア人とアゼルバイジャン人は、ナゴルノ・カラバフをお互い自国領土だと主張し合っているから争っている。
説明内容は間違ってなくても、著者の誤解が潜在しており、文章の論理がおかしくなっている。
(ただしカクヨム筆者も分かっている通り、アルメニア人とアゼルバイジャン人の歴史的な対立というのは、ナゴルノ・カラバフ紛争においてとても重要な要素。)
憲法上? どの国の憲法?
『実際はナゴルノ・カラバフ自治州とその周囲若干の土地をアルメニアが占領しているが、国際的には国境線の変更は承認されていない』が言いたいことか?
(9)「アルメニアが戦闘機を一機」
ブコメにも書いたがそんなわけない。アルメニアは長年トルコ・アゼルバイジャンと対立してきており、両国との国境線を維持するための戦力を保持しているはずである。
軍事クラスターのTwitter見ててもそんな話は見たことがない。
反証にはならないが、以前エレバンに滞在していたときに戦闘機(詳細はわからない)が5機編隊で訓練飛行していたのを何回か見かけた。だったらエレバンの基地に5機以上あって、他の基地にも同じくらいの数があると期待できるのではないかと思っている。
ブコメに
アルメニアの戦闘機一機てのは確かにおかしいが、じゃあ俺はどこのサイトから引っ張ってくればいい?どこ見ても数字が違うんだぞ
という反論があったが、情報源によって保有戦闘機の数が違うのなら、信頼できる情報源を特定するか、数字ははっきりしない等とすればよいだけだと思うが、違うのだろうか。
(10)「一方ロシアはアルメニアを助けたいものの」
繰り返しになるがロシアはアルメニアを支援しているが助けたいわけではない。
末永く紛争が継続しつつ、アルメニアはロシアに頼らざるをえない状態を続けたいと思っている。
(11)「資源的な問題」
詳細がわからないが、ロシアがアゼルバイジャンと対立することによって石油と天然ガスを輸入できなくなって困る、という意味だったら間違い。ロシアは産油国であり天然ガスも豊富である。
でも他にどう意味を取ればいいんだ……?
(12)「トルコがNATO加盟国であるため手を出し辛い」
なぜトルコがNATOに加盟していると、ロシアはアゼルバイジャンに手を出しづらくなるのか意味がわからない。もし仮にアゼルバイジャンがNATOに加盟していたら、ロシアは紛争に参入しづらくなるだろうが、トルコのNATOは関係ないとしか思えない。
※カクヨム著者からコメント(下記)があり、「間違いの指摘」には当たらないと納得した。反論の詳細はコメント欄を見て。
(13)「アルメニアとイランの国境を封鎖してしまえばロシアが直接支援できるルートが無くなるので、そこを封鎖しようと軍を進めているようです」
下記は間違いの指摘ではなくて、個人的な意見。
アゼルバイジャン軍がアルメニア本土に手を出せば、CSTO(ロシアとアルメニアの集団安全保障条約機構)のためにしぶしぶながらロシアが参戦せざるを得ない状況になるので、アゼルバイジャンはあくまでもナゴルノ・カラバフ地域しか狙っていないはず。
また現状では武力による国境線の変更を行ったのはアルメニア側であるため、その点はアゼルバイジャンは国際社会から同情を受けている。その証拠に、ナゴルノ・カラバフ共和国は国際社会の承認を受けておらず、欧米による紛争解決調停では『ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャンに返還したうえでアルメニア人による高度な自治を認める』が基準になっている。
もしアゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフとナヒチェバンをつなぐ回廊を奪取し、アルメニア・イラン国境を封鎖すれば、正当な理由なく武力によってアルメニア本土を奪うことになり、現在とは比較にならないほどの国際社会からの批判を受けることになり、孤立する。
以上二つの理由によってアゼルバイジャンがアルメニア・イラン国境を狙うとは考えにくい。単純に、そうするとアルメニアがとても困るから、という理由だけでアゼルバイジャンの動きを説明するのは、浅慮であると思う。